「ブラック・ジャック」ならぬ、「ホワイト・ジャック」をご存じでしょうか。
これは手塚治虫の医療マンガにちなんで名づけられた、人工知能を用いた総合診療支援システムで、自治医科大の研究チームによって臨床運用が始まろうとしています。
自治医大では、地方の診療所で経験の浅い医師が一人で患者を診なければならないような、僻地・地域医療の課題に取り組んできました。「ホワイト・ジャック」は、入力された症状から、可能性のある病名を確率の高い順に示してくれます。実用化までには、診療データの積み重ねが必要ですが、処方や検査、治療方針までを回答してくれるまでにそれほど時間はかからないでしょう。また診療データ以外にも、介護データなど生活状況を横断的に把握できるようになるでしょう。
想定される疾患を検索、分析、提示するホワイト・ジャックは、入力用のロボットとしてPepperが利用され、患者の電子カルテデータ、診療履歴、治療・検査法、処方薬など8000万件の医療ビッグデータを使用しています。
このように、人工知能は医療の分野においても導入が活発化し、活用例も多く報告されており、高い期待がもたれています。
2017年2月20日、厚生労働省の「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」では、医療において人工知能をどのように活用し、質と安全性を確保するかについて検討され、次のような方向性が提言されました。
厚生労働省「AIによる診療支援と医師の判断との関係性の整理(案)」資料7(保健医療分野におけるAI活用推進懇談会)
国の方向性としては、人工知能が診断や治療方針を行うのではなく、あくまで医師の補助的な役割にとどまっています。上記のホワイト・ジャックも、ベテランの医師であっても可能性は否定できなかった重大な病気の見落としや誤った診断を避け、診療を効率化することができるようになります。
実際、特定の疾患の治療法発見を目的とするのではなく、人工知能が患者の症状や検査結果などから、複数の病気を提示するというホワイト・ジャックのシステムは世界でも珍しい取り組みといえます。
人工知能の技術で特に進んでいるのが画像診断を応用しているのがアメリカのEnlitic社で、ディープラーニングを用いてレントゲン、CTなどの画像から、人間の放射線診断医を上回る確率でがんを検出することが可能です。こうした活用は、がん以外にも、皮膚科、放射線科、白血病などの分野ですでに始まっています。
慶應義塾大学医学部では、うつ病や認知症といった精神科の診断を人工知能が支援する研究が進められています。
東京大学医科学研究所では、ワトソンによる診療支援が行われています。医療の分野では、1日で数千件もの新しい医学論文が発表されていますが、ワトソンはその膨大な医学論文をすべて蓄積しており、ディープラーニングによって学習しているため、患者の情報を入力すると、その症例に関する文献をただちに探し当てることができます。これにより医師の負担が軽減されるわけです。
さらに、医薬品開発の現場でも、医学論文を学習することによって、新薬につながる新規物質を発見するなど、人工知能が活用されています。
人工知能は、人間の医師とは異なり、先入観や思い込みをもつことはありません。データを分析することにより、人間が発見できなかった症状と病気の関係性を発見することもできます。
ここまで紹介してきたような、症状からの病名診断や治療法の提案などは、いずれ人工知能に代替される可能性が高いと言えます。今は大学病院や専門機関で活用されている段階ですが、近い将来には、医療の現場でも人工知能が活用されていることを目の当たりにする機会が増えてくるかもしれません。
しかしながら、医療とは病気を治すだけというような単純なものではありません。患者が病気と向き合うための手助けをしたり、病気や治療の納得度を高めることも医師の重要な仕事です。「症状を和らげてほしい」「不安を解消したい」「とにかく話を聞いてほしい」といった患者の訴えに深くコミュニケートし、真に必要とされていることを患者とともに考えるというようなことは、今のところ人工知能では難しく、人間の医師でなければ対することは応できません。それには、人間と同じような知性や感情をもった人工知能の登場が必要です。
医療分野、さらには介護分野における人工知能の発展がもたらすメリットとは、医師が不要になるという事態というよりは、これまで決して十分とは言えなかった、直に患者に向き合うための時間を医師が持てるようになるというものでないでしょうか。