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人工知能はどのように人間の大脳皮質を模倣しているか

人工知能はどのように人間の大脳皮質を模倣しているか

人工知能に関する情報が毎日のように報道され、多くの人々が関心をもつようになり、人工知能が人間の脳の知能を超えるのではないかという問題が論じられています。
センサー技術や IoT 技術によって、人間には処理しきれないほどの大量な情報を検出することがすでに可能になってきていますので、それを処理する人工の「大脳皮質」を作ることができれば、人工知能は人間を超えることになるかもしれません。
では、そもそも人間の脳はどのような仕組みで情報を処理し、人口知能はそれをどのように模倣しているのでしょうか。

大脳皮質の仕組みを模倣する「ニューラルネットワーク」

大脳皮質は、知能を司る最も重要な脳の器官です。
もし、大脳皮質が情報を処理している原理が解明されれば、人間のような高い知能を備えた人工知能が実現可能になることになります。
この大脳皮質について詳しくみていきましょう。
大脳皮質は、脳の表面にある、厚さ2ミリ程度の薄い組織にすぎません。大きさは約50平方cmといったところでしょうか。
大脳皮質は約50個の領域に区分けされています。解剖学的な違いや、他の組織との接続の違いよる区分です。
領域ごとに、視覚や聴覚などの五感をはじめ、運動制御、行動計画、言語理解などといった様々な機能を担当しています。
また、領域相互は接続されており、階層的なネットワークになっています。
大脳皮質以外にも、脳の中には大脳基底核、海馬、小脳、偏桃体といった器官があり、これらが相互に連携しています。
大脳皮質の個々の領域は、直径500ミクロン程度しかない細長い柱状の機能単位が100万個ほど集まった集合体です。
これをマクロコラムといいますが、それぞれは、さらに直径50ミクロンのミニコラム100個ほどでできています。
そのミニコラムひとつひとつの中には、やはり100個ほどのニューロンがあり、局所神経回路を作っています。ニューロンの大きさは直径約10ミクロンです。
つまり100億個のニューロン、1億個のミニコラム、100万個のマクロクラムがあるわけです。
大脳皮質はどの領域でも6層構造になっており、層ごとにニューロンの数や種類が異なりますが、入力された刺激に対してニューロンが応答する仕組みは、どの領域でも同じ動作原理になっていると推測されています。
人間の脳は様々な機能を備えていますが、それらはすべて、50個の領域のネットワークがある共通の動作原理で処理している結果ということになります。
大脳皮質の個々のニューロンは、他のニューロンからの入力値と、その結合の重みを掛けたものを総和し、活性化関数を適用した結果を他のニューロンに送ることで伝達していきます。
このようにして、ニューロン同士の結合が巨大な神経回路をなしており、そこを様々な情報が渡されていくことで、脳の機能が実現しているわけです。
この仕組みを人工的に模倣したものが、ニューラルネットワークです。

ニューラルネットワークからベイジアンネットへ

この大脳皮質を模倣した機械学習技術のひとつが、最近非常に注目を集めている「ディープラーニング」というものです。
ディープラーニングは、画像認識、音声認識といった分野で大きな成果を出しており、言語理解やロボットの運動制御など、新しい分野への応用が進んでいる技術ですが、これは大規模なニューラルネットワークのひとつです。
以前は、あまり性能がよくなくて、応用範囲も限られていたニューラルネットワークですが、このネットワークの層をより深くし、ニューロンの数も増やしていくことで大規模化していくことによって、非常に高い性能が出せることがわかったのです。
これがディープラーニングです。
層の上の部分にいくほど、広い範囲のニューロンからの情報の入力があり、複雑な形の視覚特徴量を表現することができ、より情報が抽象化するというディープラーニングの仕組みは、大脳皮質を模しています。
さらに近年では、より脳に近いディープラーニングを実現することが目指されており、そのヒントとして注目されているのが、「ベイジアンネット」という技術です。
ベイジアンネットは、18世紀の数学者トーマス=ベイズが発見した「ベイズの定理」をもとに構築されたもので、過去の経験から未来に何かが起こる可能性について条件付き確率を使って推測します。

たとえば、ここに非常に優秀な販売スタッフがいたとします。
このスタッフは、お店にやってきたお客様の過去の購買履歴や好み、いまどんなことに興味をもっているか、世の中の流行の状況といった様々な情報から、
「どの商品を勧めれば買ってくれる可能性が高いか」
という正確な見込みを立てることができます。
もしその見込みがはずれてしまっても、お客様とのコミュニケーションによって新しい情報を獲得し、次の機会にはさらに精度の高い見込みを立てることができます。
このように、様々な要素をベースにして、そして未知な要素があっても他の情報を元に補完することで、多少曖昧ではあっても一定の回答を出す、誤っていた場合にはその結果を踏まえて精度を上げる、というのがベイジアンネットの基本です。
ベイジアンネットを用いれば、過去の経験とあいまいな観測値にもとづいて、確率論にもとづいた合理的な推論を行うことができます。
こうしたベイジアンネットの機能や構造は、大脳皮質にとてもよく似ているのです。
ディープラーニングとベイジアンネットを組み合わせた機械学習技術が実現すれば、いよいよ人間の大脳皮質に近い人工知能が実現することになるかもしれません。

汎用人工知能の可能性

現在、人工知能技術は様々な分野に応用されていますが、かなり高度なものになったとはいえ、人間のように何でも一人でできるわけではありません。
チェスや囲碁の対戦をしたり、画像認識したり、という個別の目的に応じて使われているわけです。
人間のように幅広い範囲の仕事をこなせる人工知能は「汎用人工知能」と呼ばれ、その実現を目指している研究者もいます。
人間の脳とまったく同じ機能をもつ人工知能が実現できたとしたら、それを搭載したロボットはどのように実用化されるでしょうか。
まず、人間の赤ちゃんと同じように、基礎的な知識(常識)をロボットに学習させ、その知識を他のロボットにコピーし、その知識の上に、工場作業や農業作業のような個別の専門的な技能を教育し、その教育結果をコピーすることで大量生産していくことになるでしょう。
その能力はどれほどのものでしょうか。
まず、常識は教育させることによって身についており、知識発見力や問題解決能力は人間と同程度、自由意志や自己認識、創造性についても人間と同じです。
思考速度や記憶力は、技術によって無限大とも言えます。コピーが可能ですから、寿命もありません。

汎用人工知能の実現が難しい理由

汎用人工知能の目標は、人間の脳の完全な再現です。
これまでは大脳皮質ばかりが研究対象になってきましたが、それ以外の器官についても、アルゴリズムを研究していく必要があります。
たとえば、大脳基底核は運動の学習、偏桃体は情動的な部分、海馬はエピソードの記憶、小脳は精密な運動制御、といった主な役割はわかっていますが、それらがどのように連携し、脳全体の機能を実現しているのかということは、まだ解明されていません。
そういったものが解明されるためには、機械学習をはじめ、神経科学、認知科学などあらゆる領域を横断するような幅広い知識、そしてさらなる高度なプログラミング技術が必要になるでしょう。
また、大脳皮質だけに限っても、その機能を再現できる性能のコンピュータには限界があります。
人間の脳はどのようにリアルタイムのシミュレーションを行っているかというと、上で述べたように、大脳皮質のニューロンはおよそ100億個。個々のニューロンは他のニューロンとの結合部(シナプス)を1万個ほどもっています。シナプス1個あたりの演算数を毎秒100回としても、10ペタフロップスという計算速度が必要になることがわかります。
これは、現在のスーパーコンピュータと同じくらいの計算速度になるのです。
こうしたコンピュータの演算速度の限界も、汎用人工知能が実現することの難しさを示しているわけです。
2045年より前に始まると言われるシンギュラリティの世界とは」という記事で、人工知能が人間の能力を超えるという未来予測について紹介しましたが、現在のところ、そのような技術は実現の見込みがたっていません。