日々発達を続けている人工知能は、私たちの仕事にどんな影響を与えるか?
そうした話題になると、つい多くの人が「人の仕事が奪われる」という暗澹とした思いに陥ってしまいます。
たしかにそんな警鐘を鳴らす識者もいますが、それでは「将棋で人工知能が人に完全勝利した。人間の時代は終わった」と勝手に絶望するようなもので、いわば、結論を急ぎすぎともいえるでしょう。
人工知能が、機械学習の新技術「ディープラーニング(深層学習)」によって新たなステージに突入したのは2012年、ほんの数年前のことです。人工知能は、まだまだ、技術革新のまっただ中なのです。
発展途上のため、研究の最先端にいる学者や技術者さえも「将来はこうなる」「人工知能はこんなことに役に立つ」と断言しきれない曖昧さと、映画『2001年宇宙の旅』『ターミネーター』を初めとする、「人間に反抗する人工知能」をネタにした作品の影響で、私たちの中に「人工知能は不気味。油断ならない」というマイナスイメージが深く根づいてしまっているのではないでしょうか。
しかし、新しい人工知能は、すでにリアル世界のビジネスや日常に深く入り混んでいます。そのペースは、今後ますます加速していくでしょう。
そろそろ色メガネをはずして、「人工知能の今と将来」としっかり向き合う時期なのではないかと思うのです。
そこで今回は、経済産業省が2017年5月に公開したレポート『新産業構造ビジョン 一人ひとりの世界の課題を解決する日本の未来』で目指されている超スマート社会「Society 5.0」について読み解いてみたいと思います。
『新産業構造ビジョン ⼀⼈ひとりの、世界の課題を解決する⽇本の未来』は、経産省がかねてより提唱する「第四次産業革命」を推し進めることが日本の将来にとっていかに重要かをまとめたレポートです。全380ページという大ボリュームです。
経産省のサイトからダウンロードできるので、ぜひ一読をおすすめします。さらっと眺めるだけでも、ビジネスでプレゼン等に使えそうな題材を見つけられると思います。
「新産業構造ビジョン」をとりまとめました~「一人ひとりの、世界の課題を解決する日本の未来」を発表いたしました~(経済産業省)
本レポートにおいては、一定の成果を得たアベノミクス成長戦略の現在の課題を「⻑期停滞」(Secular Stagnation)であるとし、その成⻑戦略第2ステージの課題として、「第4次産業⾰命技術」の実現を掲げています。「第4次」というのは、蒸気機関・電力/モーター・コンピュータといった過去の産業革命に続く革命ということです。
そのためには、
①不確実性の時代に合わない硬直的な規制
②若者の活躍・世界の才能を阻む雇⽤・⼈材システム
③世界から取り残される科学技術・イノベーション⼒
④不⾜する未来に対する投資
⑤データ×AIを使いにくい⼟壌/ガラパゴス化
といった「5つの壁」を打ち破るべしとしています。
IoT、ビッグデータ、⼈⼯知能、ロボットといった第4次革命的技術の実現は、私たちに、「Society 5.0」という超スマート社会をもたらします。
必要なもの・サービスを、必要な⼈に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる⼈が質の⾼いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、⾔語といった様々な違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会。
(「第5期科学技術基本計画」内閣府)
それでは、「第4次産業⾰命による就業構造転換の姿」を見てみましょう。
ここでは、「人工知能・ロボット時代」の仕事を、下記の4つに分類しています。
これを押さえた上で、図の左右に置かれている三角形を見てください。
向かって左側の三角形が、「現状維持」=「日本が人工知能・ロボット技術の競争力を失う未来」、右側の三角形が「目指すべき未来」=「日本が人工知能・ロボット技術で世界をリードする未来」です。
まず「目指すべき姿」から見て行きましょう。
この三角形が示すビジョンは明快です。
「代替されうる仕事」がなくなっても、先端の「創出する仕事」がグローバル市場を獲得し経済を牽引することで、「共に働く仕事」と「すみ分けた仕事」が厚くなり、就業構造を表す三角形はより堅固になっていくという未来です。
そこまでうまく行くわけがない、と思う人も多いかもしれませんが(私もその一人です)、人工知能の進歩を産業の進化につなげる、という考え方自体には誤りはないでしょう。
この「目指すべき姿」が実現できなかったら、という未来を示しているのが左側の「現状維持」です。
人工知能やロボット技術が先細り、グローバル市場を奪われると、先端の「創出する仕事」がなくなり、同時に「共に働く仕事」「棲み分けた仕事」も減少します。
結果的に、「代替されうる仕事」が労働人口の受け皿となり、人工知能でできる仕事を人が行う、という状況が生まれます。
「代替されうる仕事」も、生産性が向上によって必要な労働者の数は減少し、求職者が増大するにも関わらず求人は伸びないため、低賃金化が加速し経済は大きく失速していきます。
図の中にも書かれていますが、「市場喪失し、仕事の量は減り、質も低下」する暗い将来像です。
人がなんとなく人工知能についてイメージしてしまうことが多いのは、ここに描かれているような将来像でしょう。
政府が目指すのは、産業群が下図のように広がり、新たな雇用を生み出す未来です。
具体的に産業再編の軸とされている分野として挙げられているのが、自動車製造・ドローン製造・情報サービス・交通事業(バス・タクシー等)・シェアリング事業・物流事業(トラック・鉄道・ドローン等)です。これらが、具体的には自動走行自動車・ドローンの製造、無人交通サービス、ライドシェアリングサービス、無人物流サービスというように再編される可能性を指摘しています。
人工知能やロボット等の出現により、就業構造は、定型労働に加えて⾮定型労働においても省⼈化が進展し、従来のホワイトカラーの仕事は、⼤きく減少していきますが、その一方で、ビジネスプロセスの変化によって、新たな雇⽤ニーズが⽣み出だされるとしています。
就業構造の変化を具体的に見ていきましょう。
このように、雇用増加に転じる職種はある程度限られ、多くの職業が減少する可能性が高いようです。
このシナリオは、インパクトを高めるため、問題を人工知能・ロボット技術に集中させて単純化している傾向はありますが、大筋としては、現実味のあるものです。
中でも、見逃がせないのは、人工知能やロボットなどの先端分野で競争力を失うと、「仕事がなくなる」よりも先に「仕事の質が低下する状況が到来する」という見通しを経済産業省が打ち出した、という点です。
これは驚くにはあたらないと言えるでしょう。
繰り返し言われているように、人工知能は第4の革命技術であり、これまでの歴史の中では、過去3回の産業革命によって、何度も何度も起こってきた事実なのですから。
経産省のレポートでは、最後に、「移動する」「生み出す・手に入れる」「健康を維持する・生涯活躍する」「暮らす」という日本がとるべき4つの戦略分野において、具体的な戦略が説明されているのですが、この紹介は、次の機会に譲りたいと思います。
歴史においては、変化は必ず訪れるものですが、しかしある日突然訪れるわけではありません。変化を生き残るための最善の手は、つねに変化の予兆を把握して、一歩先んじることです。
「人工知能に奪われる仕事は何か」
「人工知能が人類を超えるのはいつか」
そんな、一足飛びに結論に向かうような議論はいったん横におき、前向きに情報を収集して、人工知能の実像や可能性をできるだけ正確に把握していくことが重要ではないでしょうか?
今最も大切なことは、人工知能をよく知り、味方につけることだと思うのです。